天文学とジョーティシュでの見解には、かなりの開きがあります。数年前だったでしょうか?大きなすい星が木星に追突するということで、かなり話題になったことがありました。ちょうど来日していた、ジョーティシーに伺ったのですが、ジョーティシュ的には、まったく問題ないということで、一笑に付されてしまいました。実際に、世界的にもまるで問題はなかったわけです。
また、皆既日蝕という現象もありました。世界の天文ファンばかりか、一般の人たちも、これはチャンスとばかりに、天を仰ぎ見ては、観測に夢中になったりしたものでしたが、ジョーティシュ的には、太陽や月の蝕を見ることは、あまり好ましいことではないということなのです。特に胃腸の働きには良くない言われています。もし一生懸命観測していたなどという方がいらっしゃれば、その後いかがでしたでしょうか? 心当たりがあれば、ご連絡してください。
そもそも天文学も実は、ジョーティシュから始まったのではないでしょうか。朝日新聞に掲載されていた記事によると、ケプラーの法則で有名な、あの天文学者のケプラーが残した天文チャートが、なんとジョーティシュのチャートにそっくりではありませんか。ケプラーは、たいへんよく天体の観測を行った人でしたが、おそらく、その目的は、ジョーティシュの正確な予測をするためであったのかもしれません。
しかし、天文学は単に天体の位置や動きを観測するものだと、一般には考えられてしまっています。もし天文学を勉強したら、明日の試験の問題がわかるなんてことになると、天文学もずっとポピュラーなものとなっていたと思います。ジョーティシュには、それほどの潜在力があるのです。
ある有名な話ですが、ある国の王様が、ジョーティシーの鼻を明かしてやろうということで、ある日質問をしました。『私が今日はどの門から出て行くか当ててみてください』ジョーティシーはその質問に対してこのように答えたそうです。『今答えたのでは、王様はすぐに別の門から出て行ってしまうでしょうから、そのお答えは紙に書いておくことにしましょう。そして、王様が城に帰ってきたときに、それを見てください』王様は、ジョーティシーが答えを紙に書き、家来に渡したのを確認すると、城の壁をぶち抜いて、そこから出て行きました。城には4つの門があったのですが、王様はなんとそのどれでもなく、まったく新しい門を作ってそこから出て行ったのです。これなら予測があたるわけがないと考えたのでしょう。
ところが帰ってきてみると、なんとジョーティシーが書いた紙には、『王様は、今日は壁を壊して新しい門から出て行くでしょう』と書いてあったのです。どうしてジョーティシーは、王様の考えを見抜けたのでしょうか? ジョーティシーが見たのは、実は王様の心ではなく、そのときの天体の位置だったのです。すべての出来事を天体の動きから分析するのがジョーティシュです。それをほんとうにマスターすれば、何でもわかるということになるはずです。